スリ飯屋MaLankaのフリーエンジニアな日々

IT実務未経験から約1年、東京でフリーランスのRuby on Railsエンジニアに転職。約2年半、大阪中崎町でスリランカカレーの間借りしてました。フリーランスエンジニアになるためのノウハウ、スリランカの事を発信していきます。

【人生全てネタ】mah(まー)のこれまでの経歴、生い立ち【ダンス、スリランカ、カレー、プログラミング】

【人生全てネタ】mah(まー)のこれまでの経歴、生い立ち【ダンス、スリランカ、カレー、プログラミング】


こんにちは、

現役沖縄フリーランスエンジニアのmah(まー)です。


このブログでは、

僕がIT未経験から約1年でフリーランスエンジニアになるまでの過程、

ノウハウなどを書いていきます。


今回は自己紹介も兼ねて、

僕のこれまでの経歴、生い立ちについて軽くお話しようと思います。


【人生全てネタ】mah(まー)のこれまでの経歴、生い立ち





1. フリーランスになるまでの経歴や現在の実績


  • 2008年4月 高校卒業後、誰もが知る大阪の大手電力会社へ就職。同時にダンスを始める

  • 2016年5月 ダンスから離れ、全く畑違いのスリランカカレー屋になる

  • 2018年8月 フリーランスになってスリランカに移住するため、未経験からプログラミング学習を始める

  • 2018年9月 10年半勤めた大手電力会社を退職

  • 2019年2月 大阪にあるRubyの受託開発企業へ就職

  • 2019年9月 受託開発企業を退職

  • 2019年10月 大阪から上京し、フリーランスの案件探しをスタート

  • 2019年11月 東京でフリーランスエンジニアとして活動開始。初単価は49万5000円(プログラミング学習開始から1年弱でフリーランスに)

  • 2020年1月 エンジニア以外の収入源を作るため、はてなブログを開設

  • 2020年4月 AWSの知見を深めて自分の市場価値を上げるべく、AWSソリューションアーキテクト(SAA-C02)の認定を取得

  • 2020年4月 某ウイルスの影響により半年間で契約終了。良い機会だったので1ヶ月の休みを取ってブログにフルコミット

  • 2020年6月 フルリモートの案件にジョイン。入場日前日に沖縄北部のコンドミニアムを予約し、約1ヶ月沖縄でワーケーションする

  • 2021年2月 安定してフルリモートで働けるようになったので「人生全てネタ」と考え、沖縄移住する

  • 2021年12月現在 エンジニア単価67万

  • ブログや不動産投資など合わせると平均月収は85万前後、最高は110万

  • これまでプログラミングを教えた人は延べ150人

  • プログラミング学習のサポートをする「エンジニア顧問プラン」をリリースし、悩み事や不安などの相談をお受けしている( 公式LINE にて様々なサポートプランをご案内中)




2. フリーランスになる前のこと


フリーランスになる前のこと




2008年4月: 高校卒業後、誰もが知る大阪の電力会社へ就職。同時にダンスを始める


2008年に高校卒業後、

誰もが知る大阪の電力会社へ就職します。


仕事内容は下記のようなことをしていました。


  • 電気メーターの検針(メーターを読み間違えると公開処刑)

  • コールセンターで電話受付(ちょうど東日本大震災の時でホントに地獄絵図)

  • 電気料金の取り立て(毎月暴力団との交渉で寿命が縮む)

  • 電気料金未払いの人の電気を止める(未払い顧客は老若男女問わず停止の冷酷人間と化す)


就職と同時にダンスを始めたので、

「17時半までは仕事、それ以外は全部ダンス」

という生活を8年ほど送ることになります。


何がなんでもダンスがしたかったので、

仕事上の付き合いはハンパじゃなく悪かったです(笑)




2016年5月: ダンスから離れ、全く畑違いのスリランカカレー屋になる


2016年5月、

ダンスとダンスの人間関係に疲れてしまい少し距離を置くことに。


毎年ゴールデンウィークに必ず開催される大きなダンスイベントにも行かず、

家の周りを散歩していると、

たまたまスリランカカレーのお店を発見。


ちょうど週7でインドカレー屋に通うくらいカレーにハマっていたので、

興味本位で入ってみました。


すると、

初めての味、香り、見た目、存在感に衝撃的なインパクトを受けます。


そこから火がつき、

副業でスリランカカレーの間借り営業を始めることになりました。

(今まで料理したことがなかったので最初は本当に辛かったです...笑)




2018年春: 会社勤めの限界を痛感し、絶望。ただただストレスを溜め続ける日々を送る


2018年春、

カレーの修行や文化に触れるため、

頻繁にスリランカに行っていたが(2年半で8回)、

会社勤めで有給には限度があるので、

どれだけ長くても3週間休むのが限度。


「もっとスリランカのことが知りたい!研究したい!半年とかもっと長い期間行きたい!移住したい!」

という思いが非常に強かったが、

「会社勤めである限り無理だな...」

と絶望し、諦めモードになりました。


また、

その時にいた部署は外回りの単純作業だったので、

「夏は暑い、冬は寒い、毎日同じような作業を繰り返すだけで将来何もならない!」

とストレスが溜まり続ける日々。


「この会社でやりたいことはもう無いなあ...」

「10年目を超えて責任ばかり重くなるのでどうしようかなあ...」

と悶々とする日々を過ごしていました。




3. 過去トラウマになった辛い思い出と、夢半ばで挫折した経験


過去トラウマになった辛い思い出と、夢半ばで挫折した経験




2011年東日本大震災の時に、電力会社のコールセンターで精神を擦り減らした


2011年東日本大震災の時に、

電力会社のコールセンターで精神を擦り減らしました。


当時はまだ入社2年目で、

ロクに会社のこともわかっていないザコ状態。


そんな状態で、

毎日毎日原発関係の問合せやクレーム対応をしなければならず、

気が狂いました。


元々喋りは上手くないこと、

電話受付に苦手意識があったことも災いし完全にトラウマです。

(本当に地獄でした...)


自分以外にも、

「原発系の電話はツラい...」

と思っている人はかなりいました。


それを心配した上司が、

「精神的に辛い人は、原発系のクレーム系の電話取らなくてもいいよ」

と言ってくれ、

「情けないな...」

と思いましたが自分は電話を取らない方を選択。


本当にメンタル的にキツかったので、

「病んでたからマジで助かった...」

と思いました。


しかし、

辛くても原発関係のクレーム対応をする先輩や同期、後輩の姿を見ていると、

「自分はラクをしているな...」

「定時でサクッと帰りたいけど、原発の電話取ってもらっているのに先に帰るのは気まずい...」

「なんかもうずっと肩身が狭い....」

と強い罪悪感や屈辱を感じました。


このことがあり、

コールセンターにいる2年間は、

「自分は辛いことから逃げ出したダメなやつ」と凹み倒す日々でした。




2年半、副業で間借りカレーをした時に感じた、飲食店の辛さに驚愕


2年半、

副業で間借りスリランカカレー:スリ飯屋 Malanka(マーランカ)の営業をしていましたが、

そこで初めて飲食店の辛さを知ることになります。


「大好きなスリランカカレーの間借り営業で稼いでいこう!」

と思っていましたが、

実際に週1、2回の営業をやってみて、

「飲食店は華やかに見えるけど、こんなにしんどい面もあるのか...」

と驚愕しました。


しょっちゅう買い出しに行かないといけないし、

メニューも考えないといけない。


集客のためにSNSなどの更新もしないといけない。


当日も朝早くから仕込みをして、

終わってからも片付けがあるため拘束時間が非常に長い。


ガッツリ気合いを入れて仕込んでも、

最初の頃は「1人もお客さんが来ない」みたいな日もあって流石にこたえました。。。


「こんな過酷な日々を毎日繰り返すなんて、どう考えても気が触れている」

と思いました。


本当に、

ここまで重労働だとは思わなかったので、

逆に今知ることができてよかったなと...


それでも、

間借り営業を続けるうちに知名度や評判も出てきて、

「本当美味しいから、実店舗でやりなよ!」

と先輩やお客さんから何度も言われましたが、

「とてもじゃないが飲食店は自分にはムリ」

「お金を稼ぐのはカレーでやる必要ないかな」

「カレーは自分がやりたい時に、人と会える場所を作る意味でイベント的にやる感じでいいや」

と夢半ばで諦めることとなりました。




4. メンターである小松さんとの出会い


メンターである小松さんとの出会い




2018年8月15日: セレブエンジニアサロンを知り、プログラミングが出来れば、スリランカに移住できるかも?と希望を持つ


2018年8月15日、

偶然YouTubeでセレブエンジニアサロンの動画を見て、

「プログラミングができて、PCで場所を選ばずフリーランスで働けたらスリランカに好きなだけ行ったり移住できるかも?」

と微かな希望を持ちます。


カレーで稼いでいくのは諦めても、

スリランカが大好きな気持ちや行きたい気持ちに変わりなかったため、

心が躍りました。




2018年8月16日朝: テックアカデミーのプログラミング体験会に参加


セレブエンジニアサロンの動画を見た翌日、

テックアカデミーの体験会があることを知り、

朝から梅田へ体験しに行きました。


体験用のパソコンはMacbook。


Windowsパソコンしか使ったことがなかったので、

「なにこれMacってめっちゃ使いにくい...」

と思ったのを覚えています笑


プログラミング体験会の内容は、

お決まり中のお決まりのFizz Buzz問題。


正直訳がわかりませんでしたが、

「とりあえずプログラミングはこんな感じかー」

という雰囲気を掴むことは出来ました。




2018年8月16日昼: セレブエンジニアサロンとテックアカデミーの決定的な違いは?


テックアカデミーの体験会に行ってみて、

「昨日YouTubeで見たセレブエンジニアサロンと、テックアカデミーの違いって何なのかな?」

という疑問が生まれました。


そして、

「そういえば最近高校の同級生が『プログラミング始めてん』と言っていたな」

と思い出してLINEを送ってみると、

「僕もセレブエンジニアサロンに入っている」

とのことでした笑

(そんなことあるwww?と流石にビックリしました笑)


「セレブエンジニアサロンと他のスクールとの違いは何?」

と聞くと、

「セレブエンジニアサロンはフリーランスとして仕事にするところまでコミットしている。他のスクールは教室感覚なところが多い」

という点が決定打になって即入会。


セレブエンジニアサロンの小松さんの下で、

プログラミングの勉強をスタートしました。




2018年9月7日: 会社を退職し、プログラミング学習を本格的にスタート


会社を退職。


この9月7日は関西でも過去最大級の台風が直撃し、

大阪市内でも木がドッカドッカ倒れてゴーストタウン状態。


稀に見る大惨事になった日でした。

(お昼ご飯に、やよい軒の味噌カツ定食が食べたかったのに閉まっていて、隣のラーメン屋さんに入ったのを覚えています笑)


しかし自分は前日9月6日がラスト出社だったので、

「すごいタイミングだな...すみません」

と思いつつ、

粛々とカリキュラムやprogateを進めていくのでした...




5. 小松さんとの出会いで希望が生まれたが...


高校を出てからずっとお堅い電力会社で働いていたので、

仕事において時代の流れを意識することはありませんでした。


しかし、

セレブエンジニアサロンの小松さんの動画を見て、

「現状維持は退化」

「時代に求められているスキルを身につけて仕事にすることで、収入はもちろん、自分が望む働き方を手に入れられる」

ということを知り、

「この会社に留まっていても先がない。時代の流れに乗ってみよう」

と考え方が変わりました。


「プログラミングは独学でもできますよ!」

というネット記事やYouTube動画もあったが、

「全く知らない業界のことを独学でやるのは無理だな」

と思ったので、

安い金額ではなかったですがセレブエンジニアサロンに入会しました。


今振り返ると、

もし独学でやっていたら100%挫折していたと思うし、

仕事の取り方やIT業界の人達の空気感もわからず相当苦しんだと思うので、

先行投資でセレブエンジニアサロンにお金を払ったのは良い選択肢だったと心底思います。


しかし、

いくらサポートがあるとは言っても、

「もう全然わからない...」

「やっぱり自分にはムリ。大金無駄にしたわ...」

と毎日のように苦しみましたし、

情緒不安定になることもしょっちゅう。


微かに見えた希望と現実との間で消耗する日々でした。




6. セレブエンジニアサロンのカリキュラム通りにやれば大丈夫だと頭では分かってはいるが...


「セレブエンジニアサロンのカリキュラム通りにやればフリーランスになれる」

「私の言う通りにやって、フリーランスエンジニアになれなかった人は1人もいない」

「なれない理由があるとすれば、それはあなたがやらなかったから」

と呪文のように言われていたし、

頭ではわかっていました。


それでも、

「難しい。どうしてもわからない。やっぱり自分には無理だ」

と挫折しそうになる時は数えきれない程ありました。




7. 泣きながらも踏ん張ってやりきって気づいたこと


何度も何度も、

「やっぱり自分はフリーランスになるのは無理だ」

と思いました。


しかし、

すでに80万という大金を払っていることや、

背水の陣で仕事を辞めていることもあり、

「もうやるしかない。後には引けない」

と前に進み続けるしかありませんでした。


帰る場所もやめる理由も自分から焼き払ったので、

「やりきる」という選択肢しかなかったのです。


そしてなんとかやりきり、

プログラミング学習開始から約1年で、

月収50万のフリーランスになることが出来ました。


「帰る場所や万が一の保険を消す覚悟は時には必要だな」

と思うと同時に、

セレブエンジニアサロンの講師の方や、

同時期に一緒に勉強していた仲間の支えが本当にありがたかったです。


周りの人の助け無しでは今フリーランスにはなれていないので、

「独学でプログラミングをやることは無謀でしかない」

と改めて思います。


プログラミングに限らず、

「自分がよく知らない業界のことは、詳しい人から素直に学ぶこと!」

「サポートしてもらえる環境を作るのは何よりも超重要!」

とはっきり言えます。




8. 振り返って今思うこと、これからやりたいこと


10年半勤めた大企業を辞めるのは勇気が必要だったし、

辞めた後も紐なしバンジージャンプをやっているような恐怖感は常にありました。


未経験からありがたくIT企業に就職できましたが、

給料はかなり安かったのでやはり辛かったです。


当然、

仕事も難しいことばかりで訳がわからない毎日でした。


しかし、

泣きながらも必死でやりきってフリーランスになれて、

どれも報われたなと思っています。


フリーランスエンジニアになって、

ある程度お金を稼ぐ力が着きましたし、

ある程度働き方の自由も得ました。


それによって趣味のサックスを追求したり、

フリーランスで頑張っている仲間や先輩と飲んだり遊んだり、

自分の気に入った場所で好きなタイミングで過ごせるようになり、

人生の自由度が一気に上がりました。


最初の目的だった、

「スリランカに長い期間行きたい」

という理想も、

今は某ウイルスで行けないが、

収入や働き方としてはいつでも行ける状態。


その予行演習的に沖縄へ移住できているので、

プログラミングにチャレンジして本当によかったです。


これからは、

自分と同じように右も左もわからずプログラミングを学び始めた人や、

海外や旅行が好きでリモートワークがしたいという人の力になりたいと思っています。


また、

昔やっていたダンスやスリランカカレー関係の人からも、

プログラミングについての質問が来るので、

そういった人たちにも何か還元できればいいなと思っています。